清ら布-芭蕉布を訪ねて
沖縄がまだ琉球王国として栄えていた頃、たくさんの染織工芸の技術が日本や中国、東南アジアなどの近隣諸国から伝えられた。沖縄特有の亜熱帯気候の風土の中で育まれ独自に進化した染織の技術は、さらに磨き上げられて行く。しかし太平洋戦争の戦火とその後の米軍の占領統治下で、受け継がれてきた数多くのすぐれた工芸遺産や日用生活品が失われた。物語はそこから始まる。
沖縄県名護市を過ぎた車は、国道58号線を北上し大宜味という村に入る。看板がほとんど無いので行き過ぎてしまいそうな小道を曲がれば、昭和61年に完成した大宜味村立芭蕉布会館が見えて来る。
ひっそりとした建物の扉を開けると暗い室内の受付に女性が座っている。急いで電気を点けた様子だが、「もうすぐお昼だしお昼になると織り手たちは休憩に入ってしまうから。二階から見て行ったらいい。」と言うので二階に上がる。ガラスのサッシを開けると、加湿器のたかれた室内は少し煙っているようにも見えるが、むっとするような暑さでもなく、幾分空気が膨らんでいるような気がしたので、急いでサッシを閉めた。静かな部屋の中には4名の織り手さんが熱心に機に向かっている。若い女性が一人いる以外はみなある程度の年に達しているように見える、少し邪魔にならない程度に頭を下げて室内をさらに進む。目線の先に少し高くなった畳の部屋があって、更に高齢なおばあちゃんがこちらは熱心に糸の様なものを紡いでいる。畳の縁にちょこんと腰をかけて、当たり前のことを当たり前にやって、そんなことをもうずっとやっているんですよという感じの手付きに見える。前を通り過ぎる僕にも気が付いてますよ、どうぞお通り下さいと言うような雰囲気だったので、思わず頭を下げた。その間も機織りは止むことはなく続いている、ただその動きほどの音が聞えて来ない、時々立ち上がっては糸のほつれを直したり。それは僕達が知る限りの規則正しいあの機織りでは無いのかもしれない。今度は少し感謝の声を聞えるように告げて階段を降りる。
降りて来ると一階は小さなギャラリーとショップになっている。見ていると「ビデオでも見て行きなさい」と先ほどの女性が言うので、待っているとこれもまた電源を入れるところから始まる。ビデオは糸芭蕉を刈り取って、繊維をほどいて糸を紡ぐ工程から、染め織りまでの一連の工程が順を追って語られている。先程上にいたおばあちゃんも映っていたので、ちょっと受付の女性に聞いてみると、「あのおばあさんはただのおばあさんでは無いよ、人間国宝だよ」と言う。そうだったのかと感心していると、女性はいろいろごちゃごちゃしながらお茶を出してくれた。その何が入っているのかわからない舌にピリッと来るお茶を飲みながら、僕がするさらなる質問にはほとんどわからないという事だったので、本を買った。
□ 平良敏子さんのこと
物語の主人公は人間国宝だったのだ。彼女(おばあちゃん)の名前は平良敏子さん。戦時中、沖縄女子挺身隊として倉敷に配属された彼女は、戦後倉敷紡績に就職する。そこで出会った倉敷紡績の大原社長の勧めで元倉敷民芸館館長の外村氏に師事、染めや織りの基本を学び沖縄へ戻る。戻り際当時沖縄文化に造詣の深かった大原社長から彼女に「沖縄の文化を守り育てて欲しい」と言葉をかけられた。そのことがきっかけで彼女は焼け野原になった喜如嘉の芭蕉畑を再生し、そして培われてきた芭蕉布の伝統を再興することを心に誓う。芭蕉布の原木が大きくなるまでの3年、戦争未亡人らに生産を呼び掛けるが、需要の無くなった芭蕉布では生業としては成り立たず苦しい時代が続く、それでも「喜如嘉で芭蕉布を作ることに意味がある。自分が守らねば誰が守るのか」という思いで邁進する。次第に彼女の作る芭蕉布は認められ賞を取るようになる。同時に彼女は喜如嘉の女性を機織り手として雇い、材料は隣町から仕入れるなどして、作業の集中と合理化を進めるとともに、新商品の開発も進めた。「芭蕉布は博物館に置いておく様な工芸品じゃない、だから使いやすいデザインや、生活になじむ工夫をこらしたい」と彼女は言う。
□ 芭蕉布の作り方(抜粋)
糸芭蕉畑 バナナの仲間 バナナは実芭蕉
苧倒し(うーとーし) 3年たった糸芭蕉を切り倒し、繊維の固さで分別する
苧炊き(うーたき)
灰汁で数時間煮て、やわらかくする
苧引き(うーひき)
エービという道具を使い繊維を取り出す
苧積み(うーうみ)
水に付け細かく裂き結ぶ、糸にする
撚りかけ
よりをかける
染織
琉球藍などで染める
糸繰り枠に糸を巻く 機の準備
仮筬通し(かりおさどおし)
地糸と染糸を組み合わせる デザインは様々だがルーツは意外とわからない
綜絖(ふぇりー)通し
巻き取り
織り
湿気を与えながら高機で織る
洗濯 布引き 仕上げ
完成
□ 平良敏子さんの言葉
「芭蕉布は、喜如嘉のみならず沖縄が世界に誇る伝統工芸です。一人でも多くの人がこの郷土の文化に目を向け、その素晴らしさを知ってほしいと思います。そして私たちの仕事を理解してほしいと願っております。私たちは見守るだけではなく、一緒にやろうという人が増えてくれたなら、芭蕉布は末長く後世に受け継がれて行くでしょう。私たちはそう信じ、また願っています」
□ カラカラという映画
興味があれば見に行ってください。ちょっとだけ芭蕉布のことや平良敏子さんのことが紹介されています。
参考文献:
清ら布 NHK出版
喜如嘉の芭蕉布 芭蕉布会館館発行
WEBサイト:
おきなわ物語
http://www.okinawastory.jp/special/tokusyu_0902/0600006638.html
伝統工芸なぞなぞ百貨
http://www.reves-db.jp/NAZO-NAZO/036-D.html
映画 カラカラオフィシャルサイト http://www.bitters.co.jp/karakara/