なほとか通信 2016 Boss Blog

第8回 ひと月限りのこの世の楽園 若冲展

今年間違いなく最大級の展覧会になる、生誕300年記念「若冲展」。
東京都美術館を目指す人のうねりは恩師上野公園の中を何度も折り返しながら長蛇の列を作っている。まだ初夏であるが日なたの部分に出てしまえばじりじりと焼くほどの太陽が痛く数時間も列を同じくしているとお互いを想う精神が生まれてくるのか、日傘を差しだしてくれる隣人に丁重にお礼を言う。
リタイヤ組も多い列の中からは「これまでの人生の中でもこんなことは初めてかもしれない」と聞こえてくる。ということは僕の人生の中ではもう出会うことはないのかと思うと少し体が震える。
美術史家の辻惟雄氏は図録の中でこう書いている「今回の展覧会が過熱しすぎないよう祈るばかりである」と。もう遅い話である。

前評判が髙かったのと会期中の放映されたNHKスペシャルの影響もあるのか連日の待ち時間の速報がネットニュースをにぎわす。前日最終週の週末となり待ち時間はとうとう5時間を超えた。開館1時間半前にたどり着いて「この場所ですと開館して約二時間で会場に入れます」とのアナウンス。関係者の顔にも疲労感が漂う。

開場を1時間ほど早めたこともありようやく約180分で建物の中に入る。そこで何を見たかと言うとほとんどが半分より下は何重にも折り重なった人の頭で隠れた作品であり、「立ち止まらないでご覧ください」という悲鳴にも似た係員の叫びであった。にもかかわらず後でみた図録の精度がどれだけ上がったといえども、間近で見る作品の持つ豊かな表現や目で感じることの出来る色の表現、なんと言ってもその場に参加できているという興奮がほとんどの感覚を凌駕していた。

近年ますます注目度を増す若冲の作品を展示する展覧会は増え続けている。日本画がより深い目で見直されている時代にあって、今回の若冲展の持つ意義はその出展数の膨大さと出所の豊かさから見ても明らかである。初出の作品や海外のコレクターの所蔵品、寺院から持ち出された襖絵、宮内庁に保管されている作品などほぼすべてを網羅していると言っても良いようなラインナップである。それゆえこの展覧会に尽力されてきた関係各所の人々の努力には頭が下がるし、またこの展覧会を開催してしまうという武者震いのような想いが冒頭の辻氏の言葉に表れている。

今回の展覧会の図録が発売されているが、ただ単に作品目録にとどまっていないので熟読したいと思う。これだけ面白い図録も珍しい。もう今生でこれだけの展覧会は見ることはできないのだろうと思うともっとゆっくり展覧会を見たかったと思うことしきりである。そして見てしまったという思いにまた身震いするのである。「ひと月限りのこの世の楽園」とは良く言ったものである。

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