第二十三話 そこここの小径で、奈良。
学生時代の4年と少しを奈良の西大寺あたりで過ごしていたが、ろくな学生ではなかったので勉強もせずに社会にもコミットせずに生活していたので到底まともな思い出がない。当時の僕は東京に憧れて京都に思いを馳せていたので心は仮住まいの気分だったが、それでも寺社仏閣(とりわけ仏像)に関心があり、奈良にいる間に全てを回ろうと思い部活の先輩から代々受け継いでいるピンクのスクーターを駆使して走り回った。あるとき(もう名前は忘れてしまったお寺の)奥の院を訪れた時に道に迷い、日が暮れ危うく遭難しかけた。暗闇の山道を勘だけで歩き廻り記憶を頼りに山を降りて来たので生きた心地がしなかった。青春時代を言い換えると暗黒時代の複雑な思いや記憶が山ほどあって、今ではそれなりの思い出にはなっていると思うのだが、奈良に来るとそこここの見覚えのある風景にふとあの頃に引き戻される思いになる。いろんな感覚からは随分と遠くなってしまったのだが、時々ふとこうして石垣の上の犬や路傍の仏像達にちゃんとやってるのかと訊かれている様な気分になるのもまた奈良という特別な場所だからである。