今日色眼鏡  ハニカムの日常を映す色眼鏡

「新年のご挨拶」

近代科学の父として知られるガリレオ・ガリレイは、その時代の多くの学者が支持していた権威や伝統と対立しながらも、観察と実験に基づく科学的方法で多くの法則を発見し、様々な分野の礎となる方法論を確立していきました。見たことのない領域に踏み込まずして踏み込まない言い訳を用意しながらやり過ごすよりも、「知」を欲し、「思」を巡らせ、「企」を始めるガリレオイズムを体現したような場所をいつしか作ってみたいと思うようになりました。多くの困難と揺れ動く思慮を超えて、概念の海を航海し、イデオロギーの泉を掘り起こしながら、新しいプロジェクトを始動しようと思います。2026年春、「ガリレオプロジェクト」が始動します。
「Eppur si muove|それでも地球は回っている」
ガリレオが本当にそう言ったかはわかりませんが、そうかもと思わせるところに本質があるのかもしれません。
あけましておめでとうございます。 18年目のハニカムも皆様とともにあることをお約束しながら、新しく誕生したガリレオ株式会社とともに、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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「新年のご挨拶」

日々膨大な生活行動をしながら、実に多くの時間を「探す」ことに費やしていることに気が付きます。「あれがない、これが見当たらない」から始まり、「推しのチケット」から「限定の何か」まで。さらには「ちょっと先の未来のこと」や「ずっと先のわからないこと」まで、それはまるでキリがないのです。
「less is more / 少ないこと は 多いこと」
多くの分野で語られるこの言葉。ミニマリストの代名詞のようなこの言葉。ややもすると観念的で思想的であり、多様なゆえに曖昧さを含むこの言葉。 一瞬で変わる世界情勢や、移ろいながら歪められていく情報など、手が届くはずの世界のことがまるでコントロール出来なくなっていく歯がゆさを覚えずにいられません。
あけましておめでとうございます。 昨年はいろいろとありがとうございました。今年もまだまだ「探す」ことから逃れられそうにありませんが、17年目のハニカムも皆様とともにありますよう、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

旅の理由(わけ)

第二十三話 そこここの小径で、奈良。

学生時代の4年と少しを奈良の西大寺あたりで過ごしていたが、ろくな学生ではなかったので勉強もせずに社会にもコミットせずに生活していたので到底まともな思い出がない。当時の僕は東京に憧れて京都に思いを馳せていたので心は仮住まいの気分だったが、それでも寺社仏閣(とりわけ仏像)に関心があり、奈良にいる間に全てを回ろうと思い部活の先輩から代々受け継いでいるピンクのスクーターを駆使して走り回った。あるとき(もう名前は忘れてしまったお寺の)奥の院を訪れた時に道に迷い、日が暮れ危うく遭難しかけた。暗闇の山道を勘だけで歩き廻り記憶を頼りに山を降りて来たので生きた心地がしなかった。青春時代を言い換えると暗黒時代の複雑な思いや記憶が山ほどあって、今ではそれなりの思い出にはなっていると思うのだが、奈良に来るとそこここの見覚えのある風景にふとあの頃に引き戻される思いになる。いろんな感覚からは随分と遠くなってしまったのだが、時々ふとこうして石垣の上の犬や路傍の仏像達にちゃんとやってるのかと訊かれている様な気分になるのもまた奈良という特別な場所だからである。