旅の理由(わけ)

第二十一話 もう特別な場所ではない、香港。

香港の街を歩いていると大小様々な寺院や小さな廟にいくつも遭遇するが、そのいずれもが有名無名にかかわらず、絶えず線香がたかれており、供物が捧げられる熱心な信仰の対象となっているのがわかる。香港島の中環から上環に向けて急な坂道を下る荷季活道(ハリウッドロード)の途中にある「文武廟(マンモウミウ)」には時間がある限り足を運ぶようにしている。寺院の入り口は大きく2つあり、文学の神様である「文昌亭君」と、武術の神様である「関聖帝君」が祀られているという、香港では一番古い寺院である。中に入るとむせるほどで、建物の高い部分から差し込む光に照らされてうっすら煙っているのがわかる。その正体は円錐形に吊るされた巨大な巻き線香で、寺院の中心の一段下がったところにいくつもぶら下げられている。地元の人々はその前に立ち熱心に祈りを続けている。誰でもここが特別な場所であることがわかる。香港は今岐路に立たされている。中国政府は香港に対して国家安全法を導入して、中英共同宣言を反故にして一国二制度を破棄、香港政府のもつ社会、経済、 生活様式の自由を許さないと正式に表明した。香港市民にとっても私たちにとっても香港はもう特別な場所ではないことを知らなければいけないのであるが、それと同じくらい香港を愛する多くの人々の心を無視しない社会であって欲しいのである。