今日色眼鏡   ハニカムの日常を映す色眼鏡

2012年 no.7

3月26日(月) 「現場力」

物事がすべて予定通りにしゃんしゃんと進行して行くことが、現場で段取りをしている者にとっては重要なことですが、朝のTV番組で先日亡くなられた原田芳雄さんがおっしゃていたことが面白くて耳に残りました。大よそこうなるであろうという見当していたことが現場でごろっと変えられてしまう、それが不必然ではなくてあたかもそうであることが必然のように、そういう俳優さんがたまにいると言う。浅野忠信さんがそうだったと語っていらっしゃいました。雨の設定のほうがいいじゃないかとか言われても現場の人間は大変ですものね。でもいいものを作る人になりたいなと思います。

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3月24日(土) 「失くし物は?」

失くしものは何ですか?っていう歌が流行ったのはいつのことか忘れてしまいましたが、この間の財布に続いて今度は携帯電話をどこかに忘れて来てしまったらしく、泣くなく新幹線に乗って大阪に戻って来ました。何百件のアドレスとともにホノルルマラソンを完走した携帯とさよならするのは淋しいものです。それでも元来あきらめは早い方なのでとうとうスマホにしてみました。もともとアンドロイドは前から使っていたのでそんなに不便では無いのですが、なんとなく嫌だったんです。それでも今日からスマホに慣れて行こうと思います。でも携帯帰って来て欲しいなぁ!

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3月23日(金) 「春の嵐と傘ケース」

雨の止み間にちょっと用を足しに外に出たところでまた降り出したので傘を差した途端、折からの突風に遭い傘もろとも飛ばされそうになりました。御堂筋のど真ん中で落ち着いて裏返った傘が元に戻るのを待ちましたが、はなく、傘はもう二度と元の姿には戻りませんでした。春の嵐とも言うべきなのでしょうが、そんな雨とも仲良く付き合っている人を今日地下鉄のホームで見つけました。あれは傘ケースともいうものなのでしょうか?背中にたすき掛けするスタイルで長傘を背中にしょっているのです。あまり売っているのを見たこと無いのを見るとさては?

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3月22日(木) 「世界の秋葉原、秋葉原的な世界②」

秋葉原の話の続きです。秋葉原が極限られた人達の集まる世界だった頃はオタクの街だと言うことで片付けられていたことでしょう。でもパソコンが以前オタクの遊び道具のように言われていた時代から変貌を遂げたように、秋葉原もまた世界の秋葉原へと変貌を遂げて来ました。付けくわえるとAKB48が作り上げてきた世界もまた別の秋葉原的な世界かも知れません。彼女達を実体験で追いかけている小中学生達もそうですが、それにも増して様々な大人や思惑がまるで生きもののようにうごめいているように感じる秋葉原という世界。イチゴの国へようこそ!

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3月21日(水) 「世界の秋葉原、秋原的な世界①」

東京出張を終えて秋葉原から本町に戻って来て、大阪っていいなって思うのはやはり人の数の違いかもしれません。どれだけ大阪が大都市と言えども東京の人の多さにはかなうところが無いのは世界的な話ですが、その数はメイドさんの数も同じかも知れません。サブカルチャーの聖地として今や世界で注目の街ですが、メイドさんや様々なコスプレをした女性に普通に出会ってしまうのが秋葉原だと思います。でも考えると京都で舞子さんや芸子さんに会うのと同じように両国でお相撲さんに会うようなものだと考えると日本ってなんて不思議な国だと思うのは僕だけでしょうか?

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3月20日(火)

春分の日

3月19日(月) 「デモあれこれ」

本町で年間ほとんど過ごしていると何度も、デモの行列に出会うことがあります。デモと言ってもゲリラ的に行われるわけでもなく事前に警察に届け出てあるので、先頭から最後尾まで警察に先導されて護られながらすごすごと進んで行くのが最近のデモの形です。賃上げ交渉を行うはずの春闘も最近の景気低迷と企業自体の不安定要素を多分に含んで形を変えてイベントのようになっているのかもしれません。御堂筋には様々な横断幕を付けて行列する建築関係の車の行列がすごすごと進んで行きます。戦う相手がもうここ日本には無いことを知っているかのような淋しさです。

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3月17日(土) 「ふうふう亭」

そうだ!うどん食べに行きたいね!っていう感じの時に必ず候補に挙がるのが、清水谷のふうふう亭です、腰のある打ち立て艶々のうどんのまんまの味を味わえるざるや、香るだし汁にすりたての土しょうがや薬味などを入れて食べる釜上げや名物ぶっかけと、とりあえずうどんを食べる人の為のお店だと言ってもいいかもしれません。随分前にお世話になった方に始めて連れてもらって来てからここに通い初めていますが、その頃のことをここに来ると思い出します。厨房でこちょこちょ働いてたおばあちゃんの顔はもう見えませんが、いつも僕はここに来ると昔に戻るのです。

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3月16日(金) 「ナチュラルとニュートラル」

あの人はナチュラルな人だとか、今日はナチュラルな雰囲気ですねとか最近よく聞くワードですが、日本語になおせば天然ですねということになるので、あまり日本語はお勧めではないような気がしますが、そんなナチュラルと同じく最近ニュートラルと言う言葉をよく耳にします。ナチュラルが自然な様子を表しているのに対してニュートラルはどこにも力が入っていない、偏っていない様子をあらわしたりします。どれだけ外部の力が作用しようとギアが合わない内は動きだしたりしないよというような力強さと頑固さを感じます。僕なら飄々とした様子と訳したいと勝手に思ってます。

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3月15日(木) 「壊れる兆候」

時々壊れてしまう時があるのかって聞かれると、たまにありますと答えます。そのレベルが問題かもしれませんけど、簡単に言うとめっちゃ遊ぶとかめっちゃ買うとかそんなレベルの話です。度を超すとどうなるかと言うと例えば200円のガチャガチャ(関西ではそう呼ぶ)を1週間通いつめて全種類制覇するとか、夜中にネットショップを梯子してひだまりの民を買いあさるとか、そんな感じです。その結果がいい方向になった試しが無い所をみると壊れる=悪だという方程式になります。でも壊れそうになるとなぜか机の上を急に拭き掃除しだすのでそれが兆候です。

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