第二十話 旅は出会い、福岡。

福岡に行くと決まって中州、天神あたりの屋台に行く。もちろん有名店も一杯あるがいつも何となく勘で店を選ぶことが多かった。その日は最初に入った屋台でKBC九州朝日放送の”アサデス。九州・山口”という番組の取材を受けた。ちょうどその頃は屋台条例が施工されるタイミングで中州あたりの屋台の風景が一変するのではないかとたくさんの人を巻き込んで一大論争を巻き起こしていた。質問は”このような屋台の形態がなくなったらどう思われますか?”と言うものだったが、もちろん我々の楽しみがなくなるのは困ります!と答えた。その夜ももう一軒行こう。ということになり、また勘で一軒のカウンターとテーブルが2つだけの店に入った。我々が入ると先にカウンターに座っていたグループがテーブルに移った。それほど不思議にも思わず再び乾杯をしてしばらくすると、店主が話しかけてきた。実はお店を3日前にオープンして、お客様達が最初のお客さんでして、お祝いと言うことで良かったらこのボトル飲んでくださいと焼酎のボトルを一本くれたのだ。よく聞くとさっきのカウンターに座っていたのは店主の関係者で、我々が入って来たのでテーブルに移動してくれたということだった。たくさんのいろんな出会いがあるのもまた旅ゆえである。

第十九話 チャレンジ、高雄の朝ごはん。

台湾を旅しているといろんな場所で‟環島中”というカードを掲げている人達に出会う。高雄駅のエスカレーターで出会った彼らは多分学生だと思われるが、頑張ってーと日本語で声をかけると笑顔で答えてくれた。多くの場合では環島は電車や自転車などで台湾を一周することを指すが、自転車だと約9日ほどで廻れるというので学生達の格好の思いで作りになっていて人気も高いという。”給合我一個”とは何かちょうだい?という意味になるのかはよくわからないが、四国を廻るお遍路さんの”同行二人”のようなものなのかもしれない。高雄に行ったなら街の中央を流れる愛川のクルーズと台湾風の朝ごはんはぜひとも体験して欲しい。鉄板の上でクレープのように焼かれて提供される蛋餅や、豆乳に醤油やお酢などで味付けした鼎元豆漿、おなじみ大根で出来た蘿蔔糕や、ご存じ小籠包や肉包(肉まん)など多種多様にある。さらに自分で味を変化させることのできる調味料が一杯あるので、毎日通ってでも自分なりの味付けを探して食べてみたくなる。ただ大きめのチュロスのような油で揚げたとても 固いパンのようなものだけは、いまだにどうして食べたらいいかわからないので次行くときにチャレンジしてみたいと思っている。

第十八話 伝説の古都、チェンマイ。

伝説の巨石神が地上に現れるシーンでは、決まって地が割れ雷鳴をとどろかせながら登場する。そんなことは現実の世界でまず起こることは無いと確信しているものの、実は心のどこかではいざという時にそんなことが起こってしまってもいいと思っている。同じようなことをタイの古都チェンマイで見かけた涅槃仏に思った。全身に金箔が施された巨大な仏が右手で頭を支えて眠っている姿は、いつの日か混乱の世に精を受け心が生まれ、手を付いて立ち上がるのかも知れないと思わせる。さて妄想はおいておいて、チェンマイの街はもうそろそろ潮時かのように何もかもが古びている。日本でいうと平安から鎌倉時代に隆盛を誇ったチェンマイも、激動の時代を超えてギリギリ持ち堪えて来たのである。チェンマイに行くならバンコクからは鉄道を使って行くことも出来るが、ちょっと上級者向きかもしれない。よほど事前にしっかりと列車のことを調べて行かなければ、その日の内にバンコクに戻れなくなる。かといって一番楽な方法を取ってタクシーに乗れば、何のアトラクションかと思えるような爆 走する運転手に結構な確率で遭遇する。だからしっかり気持ちを強く持てる時に乗車してほしいのである。

第十七話 カモメのこと、松島。

十年前くらいになるが、当時は仕事で全国を廻ることが多かった。いわゆる大衆演劇の一座のように大量の資材を積んだトラックとともに全国を廻って新商品をアピールして廻るような仕事だった。10tトラック数台分の資材を運び込んで長くて2日間の間にレイアウトを整えてお客さんを迎え入れる。そして数日後にはすべての資材を撤収して、またトラックに積み込んで次の都市を目指すのである。まさに戦場のような日々だったが、意外とその頃は楽しくて仕方なかった。もちろん搬入と撤収の間のフリーな時間には街に出た。仙台もその都市の中の一つで、行くと決まって塩釜で寿司を食べ、松島にやってきては遊覧船に乗るのである。何度乗ってもどれだけ説明を聞いても一向に松島がどんな場所なのかは理解できているとは思えないが、ひどい時には2日続けて遊覧船に乗った。そして必ず船内でカモメのエサであるかっぱえびせんを買うのだ。カモメは全然かわいくないしまったくなつくような素振りも見せないが、狂気に迫る迫真の飛行シーンは見ているとだんだん元気が出てくる。その翌年2011年3月11日に東日本大震災が起こった。松島もかなりの被害を受けたと数年後に再訪した時に聞いた。あれ以来遊覧船にはなぜか乗る気がしないのだが、いつかまたカモメ達にかっぱえびせんを上げる日はきっと来ると思う。

第十六話 島時間、沖縄久米島。

那覇空港から琉球エアコミューターというプロペラの付いた小型飛行機に乗り込み約35分、沖縄の離島久米島に着いた。2010年に初めて訪れた久米島は、まだ5月だというのにすでに夏だった。それほど大きな島でもないので、いわゆる観光名所である国指定の天然記念物の「畳岩」(亀の甲羅の形をした岩が並んでいる海岸)や、「比屋定バンタ」と呼ばれる断崖絶壁、象徴的なパワースポット「ミーフガー」などを順番にゆっくり見て廻っても1日あれば十分だった。翌日は天気が良かったので砂浜しかない無人島「ハテの浜」に船で渡してもらってしばし楽園気分を味わった。夜はちょうど時期がよかったので久米島にだけ生息するクメジマホタルを見に行くツアーに参加して、本当の暗闇の中で明滅する、もっと言うと乱舞するホタルに久しぶりにびっくりした。古くから続く酒蔵の友達を訪ねて泡盛を作る工程の一部を見学させてもらって、しばし友達家族と島の夏祭りなどを体験したりしたが、あの時一緒に遊んでくれた子供達はもう高校生と中学生になっている頃だろう。それ以外に何があるというわけではないのだけれど、毎朝ホテルの窓際にやってくる名前もわからない鳥たちのさえずりを聞きながら目を覚ますような、贅沢な島時間にまた浸りたいなとあらためて思うのである。