第十五話 旅の最後はフィレンツェで、ウフィツィ美術館。

15世紀のフィレンツェでは毛織業や金融業を中心に都市が栄え、ルネサンス文化の発祥の地として芸術文化の中心地であった。銀行業を営んだメディチ家は莫大な富を背景に多くの作家に製作を求め、結果として膨大な美術コレクションを持つことになった。その歴代のメディチ家コレクションを収蔵するのがウフィッツイ美術館である。ラファエロ、ミケランジェロなどのルネッサンス期の作品を中心に、体系的にその前後の時代作品も展示されており、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」やボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」などが有名である。そして最も有名なのが美術館入り口に並ぶ長い行列である。開館前から並んでもお昼前に入れるといいほうで、美術館の形に添ってU字型にぐるっと並ぶのであるが、ほとんど変わることのない景色に観光客はみなあきれ顔であった。それでも中に入ればその圧巻の展示に身震いがするほどで、フィレンツェに来て本当に良かったと思うのである。フィレンツェは現在でもマフラーなどの毛織製品が有名で、ほかにフェラガモやマドバグローブなどの革製品の店も多い。おいしいレストランもたくさんあり旅の思い出話でもしながらトスカーナワインを飲みたいようなそんな街である。

第十四話 旅の醍醐味、ベネチア。

ベネチアに着くとすぐに”水上タクシーに乗って行け!”と声をかけられたが、値段を聞いてびっくりした。大丈夫、歩いていくよ!と答えたのだが歩き出してからよくわかった。水の都と呼ばれるベネチアの街はアドリア海の干潟に何本もの木を打ち込んで、その上に石を敷きつめただけの人工島である。だから道は狭くて曲がりくねり路地はでこぼこの石畳である。さらにたくさんある水路を渡るためには何度も階段状の橋を渡らなければならなかった。もちろん大きな荷物を持っての移動などもってのほかで、こんなことなら!と口に出してももう遅かった。だが慣れてしまえば便利なもので、どこに行くにも水上バスに乗れば楽ちんである。潮が満ちてくると徐々に水没していくマルコ広場の夕景や、夜のリアルト橋などの美しい街並み。水かさが増しても大丈夫なようにあらかじめ船の中に並べられている本屋さんなど見るものはどれも新鮮だった。狭い路地で出会った”迷っているなら僕についておいで”と声をかけてきた物売りの青年を辻でうまくやり過ごしたり、ベネチアのホテルにはパスポートを忘れたりと旅の途中にはいろいろなことが起こるが、それも旅の醍醐味だと思っている。ちなみにパスポートはFedexで次のホテルまで届けてくれたが料金はカードからちゃっかり引かれていた。

第十三話 冬の旅、ローマのクリスマス。

2009年の年末から年明けにかけてイタリアを旅した。スケジュール通りだとフランクフルトからローマに入り、ナポリ、ベネチア、フィレンツェと廻り10日ほどでイタリアを縦断するはずだったが、その年はどうも欧州全体が寒波に見舞われていたようで、イタリアでも歴史的な大雪が降った。欧州旅行の頼みの綱であるユーロスターは待てど暮らせど動こうとせず、半日ほど辛抱強く待ったが結局運休となった。おかげで楽しみにしていたピッツァとナポリの街はあきらめることにした。急遽その日はローマ観光にシフトしてバチカン市国を廻ったり、美術館や歴史的な建物を見て暗くなるまで市内を歩いた。お店もどんどん閉まり始め芯まで冷えた体を丸めながらのホテルまでの帰り道、たまたま通ったスペイン階段には人だかりが出来ていた。その視線の先には「天使にラブ・ソングを…」然と した聖歌隊が修道院長の弾くピアノの伴奏でノリノリで歌っていたのである。その日はクリスマスイブだった。あとから知るが階段を上りきったところにはトリニタ・デイ・モンティ協会があり、そこのシスター達だったのである。イタリアの旅を振り返るとほとんどが寒さにまつわる記憶しかないが、この時ばかりは冬のローマもいいものだと思ったのである。ちょっとだけだけど。

第十二話 日曜日は香港島へ、中環に行ってみた。

香港島の中心地である中環(セントラル)あたりに日曜日に出かけると、とんでもない光景を目にすることになる。街のいたるところ公園などの広い場所や、特に屋根がある地下街や連絡橋の上などでは、たくさんの人達であふれかえっている。見ていると皆思い思いの食べ物を持ち寄っているようで、楽しそうにしゃべり会っている者もいれば、何かのゲームで遊んでいる人や、TV電話で誰かと話している人などもいて実に賑わっている。最初は何かのお祭りの日に出くわしたのかと思っていたが、よくよく聞いてみると、ここに集まっているほとんどの人は出稼ぎにきたフィリピン人女性達で、多くが中国人やイギリス人家庭で家政婦をしているとのことであった。香港で暮らすのも中々大変なようで、狭い土地に大量の移民が押し寄せた歴史があり、今でも人口密集がすごい。だから土地の値段がどんどん上がり、必然とマンションはどんどん高層化する。そうやって高いマンションの家賃を稼ぐためには選択肢は子供を持たず共働きをするか、子供をベビーシッターに預けて働きに出るかになる。だから人件費の安く働き者のフィリピン人が重宝される。彼女達は週一日の休みを同郷の人達と楽しく過ごしているのである。

第十一話 休みの日は蚤の市へ、マドリッド。

マドリッド地下鉄5号線のLa Latina(ラ・ラティーナ)駅を上がるとすぐにマクドナルドがあるが、今日はここには寄らずにマドリッド名物のEl Rastro(蚤の市)を目指す。カルロス広場を中心としたトレド通りとエンバハドーレス通り、ロンダ・デ・トレド通りに囲まれたほぼ二等辺三角形の地域には、日曜日と祝日の朝の9時から3時くらいまで市が立つ。三角形の頂点にラ・ラティナ駅があるので駅を出るとリベラ・デ・クルティドーレス通りの坂を下りながら南進するルートをとれば、両サイドに露天がひしめくメインストリートに出る。いかにも年代物の骨董品が取り引きされる蚤の市とは違って、1ユーロから売られている生活雑貨やおみやげに最適な衣類や革製のカバン、ピアスなどハンドメイドの手工芸品とありとあらゆる物が売られていたり、通りのところどころで大道芸人達が様々な技を披露してくれる。朝方から見て歩くのがお勧めだが、早ければ1時間ほどで通りを抜けてしまうので、ちょうどお昼時に合わせてビールでも飲んだり、おいしいチュロスやコーヒーを飲んで小休憩してから同じ道を戻ってもいい。観光客か地元の人かはさっぱりわからない人込みに紛れて歩くのもたまにはいいかもしれない。