第十話 異邦人、澳門(マカオ)。

非常に短い時間で澳門(マカオ)のことを知ろうと思って出かけたが全く無理であった。そこはまるで香港の街と同じようだったし、もしかしたらその他の中国の街やアジア圏の他の都市ともちっとも変わらないのか?、全く何の理解も出来ぬままに香港へと向かう高速フェリーに急いで乗ってしまった。「東洋のラスベガス」と華やかに伝え聞くカジノなどに代表されるリゾートの街は、もしやもっと別のフロアーにあったのではないかと何度かガイド本を見直した。私が知った澳門は時代に取り残された今にも崩れ落ちそうな街並みと、お年寄りが集まっては様々な暇つぶしに興じているような公園の風景ばかりで、エンターテインメントと欲望が渦巻くそんなそぶりは全く見せてはくれなかった。街の所々に発見するポルトガル領時代の遺構(世界遺産)などを見ていると往時の栄華を少しは感じさせてはくれるが、どれも古くて作り物のように見えてしまう。ただしふとした街の通りから見えるグランド・リスボア ホテル(新葡京酒店、Grand Lisboa)だけは、ここが只者の場所ではないことを思い起させるのだった「ちょっとふり向いてみただけの異邦人」(異邦人、久保田早紀、1979年)が、なぜだかずっと頭の中に流れて消えなくなっていた。

第九話 首里城、城のあるくらし。

今から600年ほど前の1429年、三山(中山、山北、山南)を統一して琉球王朝は成立した。王家の居城として尚巴志(しょうはし)王は、首里城正殿の玉座にて政治を行ったのであろう。当時は室町幕府の時代。御花園天皇の元、足利義教が4代将軍として政治を行っていた。その三十数年後には応仁の乱が起こり、以後世の中は力の時代へと変わり、いつしか世界的な戦争の渦中に日本も向かって行くことになる。首里城は第二次世界大戦時の沖縄戦の最中に4度目の焼失に遭っている。私たちが2009年に沖縄を訪れた時に目にした首里城が姿を現したのは1990年代になってからであるが、みなさんも知っての通り、2019年の10月31日未明の火災により正殿を含む多くの建物と華美な調度品はほとんど焼失してしまった。現在は再建計画も進んでいるとのことである。城のある街に住んでいることはいいことだ。たとえその城が当時のものではなくても、城主がたいして働きをしていなくても、そこに城があるだけで何となく安心する。だからきっと無いとなれば寂しく感じるはずである。城とは紛争時における守りの要であり政治の中枢である。だからこそ平和な時代にこそ無ければいけないのである。先人がいて厳しい時代があったからこそ、平和で繁栄のある現在がある。そう思えるような城があって欲しいと思うのである。

第八話 常幸の国、ハワイ。

知らない世界がまだあって行きたい国がたくさんあるのだけれど、ふとまた訪れたくなるのがハワイかも知れない。最後に訪れたのはもう10年ほど前になるが、ハワイのいいところはやはり手放しで受け入れてくれる(であろう)安心感に裏打ちされているからだと思う。ホノルルマラソンチャレンジと勇んで訪れた時のハワイはとにかくせわしなかった。スケジュールと時間に追いかけられ、今日はゼッケンを取りに決められた場所に行って予定を済ませ、明日は何時に集合するためにこの時間に起きてと追い立てられ、その上チャレンジ終了後は足を引きずりながら、あっちの観光地こっちのショッピングへと移動を繰り返した。ただいつも思うのだが、目覚めるだけで幸せの国に来たような南国の雰囲気と、雨が降ってもさっと止み、その後には見事な虹がかかるようないくつもマジックを見せられて、また見ず知らずの国のランナーともウォーカーともつかぬ者を無条件で受け入れ、やさしくしもてなしてくれるロコ達の笑顔は今でも忘れることが出来ない。世界的な地球温暖化の影響や治安の悪化などハワイの抱えている問題は多いと聞くが、常夏ではなくなっても常幸の国であり続けて欲しいと思うのである。

第七話 びっくり、バリのお正月。

お正月は出来るだけ家にいて、滅多なことがない限り夜更かしもせず穏やかな年越しを心掛けている。ただしその年は珍しく年をまたぐ日程で、インドネシアのバリ島に行くことになったのである。バリ島の昼間の気温は日本の夏くらいで曇天でも十分に暑い。猿で有名なウルワツ寺院でケチャダンスを見たり、少々物売りに苦労するヌサドゥアビーチで寝転がったり、クタやレギャントのレストランを巡りアートショップで買い物をしたりと十分に楽しんだ。さて今日は日本でいう大晦日。宿泊しているホテルでもカウントダウン・パーティがあるというので早速会場に出かけた。ホテルにはロシアからの観光客が多く、きつめの酒を誰もが飲みひたすら踊っている、明るく楽しい年越しの時間を過ごしたのであった。翌日、ニューイヤー初日は一転びっくりするほどの荒天であった。インドネシアは雨季と乾季があり、雨季にはスコールが降る。でもこの時期にこんなに降ることはまずないと、現地の人もびっくりだった。それでも残り少ない日程をアクティビティーに向かうべくタクシーに乗り込んで見た光景は、大雨でも力強く生きる人々と、なぎ倒された巨大看板の姿だった。ただし帰国するまでの2日間で看板は見事に復旧していたことにはもっとびっくりしたのである。

第六話 シンガポールのナイトライフ。

昼の間に思い付く観光地を巡り目一杯遊んだはずなのに、また夜も遊びたい気持ちをくすぐられるのがシンガポールである。都市部の中央を流れるシンガポール川沿いには華やかなスポットが点在するが、中でもクラーク・キーあたりは遅くまで開けているレストランやバーが多い。時間的に合えばクラーク・キーから出ているリバークルーズ船に乗って、船から高層ビル群やライトアップされたラッフルズホテルなどを見るのがお勧めである。いくつかの橋を越えながらゆっくりと進む短い船旅であるが、夜のシンガポールは美しい。視界が開けると右手にマーライオンが見えてくる。そして真正面にはマリーナ・ベイ・サンズの特徴的な形が見えてくる。それから約15分音楽と噴水とレーザーライトによるショー“ワンダー・フル”が繰り広げられ、約1時間のクルーズは終了する。船を降りると本格的にご飯の時間だ。シーフードで有名な“ジャンボ”に入り名物のチリクラブを食べるのだ。かわいすぎるカニのイラストが入ったエプロンをつけ、ほんのり甘い揚げパンでディップしながら、辛めのチリソースまみれの手でカニを食べ尽くす。その他にもナイトサファリやシンガポールフライヤーなど。シンガポールはナイトライフには困らない街なのである。