第五話 ラッキースポット、古宇利島。

旅の途中で不意に出会う風景に心が奪われてしまう瞬間がある。それほど期待していなかった場合ほど、心を余計に動かされてしまうものなのだろう。その日は沖縄県本島北部の今帰仁村にある古宇利島という場所に訪れた時のことだった。朝に大阪から移動して那覇に入り、空港からはレンタカーをチャーターして本日の宿がある名護市まで来たが、少し時間があったので明日から仕事でお世話になる現地の視察も兼ねて車を走らせた。簡単な打ち合わせと現場調査を終えると、時間があるのなら島の名所であるハートロックにでも行ってはどう?という現地の方の提案であった。ハートロックとは数年前にある航空会社がやっていた夏のキャンペーンで、某グループが出演するCMの撮影地になったことで一躍人気となった場所で、古宇利島の北側にあるティーヌ浜という場所にあった。それほど大きなビーチではないが、砂浜を歩いたりハート型に見える岩の前で写真を撮ったりと、その日もたくさんの観光客が訪れていた。もともとこの島には古くから沖縄版国生みの神話が残っていることもあり、今でも恋愛のパワースポットである。さあもうそろそろ帰ろうかと車に乗りこみ、西側にハンドルを切った瞬間。我々は今にも海に沈もうとしている南島の夕日を見る事になったのである。

第四話 上海ガニの思い出。

いい時代になってまた海外旅行が出来るというならどこに行きたいだろうか?と考える時、最初に上海は入ってくる。2017年 初めて上海を訪れた時は、まだ上海ガニのおいしい季節のこともよく分かっていなかったので、滞在中のホテルに入っている海鮮料理で有名な中国料理店で「上海ガニはまだ早い。2週間後に来なさい。」とあっさりと断られた。代わりに普通のカニチャーハンを頼んだのだが、人生初めての海外一人旅の初日のディナーのテーブルを飾ったのは、紛れもなく普通の大盛カニチャーハンだった。あなた一人で2品は食べきれないよという顔をして、にやにやしている店員にやさしく微笑んでビールを頼んだ。上海で撮った写真を見返して見ても、これと言って気にいった観光地や有名な建物もないのだけれど、街という街には何かしら異国の風情があった。上海は古くからフランスやアメリカ、イギリスなどが上海租界という居留地を作って、こぞって海外貿易の拠点としたこともあって、その国の雰囲気を今に残している。今ではどこをどう歩いたのかも忘れてしまったが、上海にいた3日間で60kmは歩いた。疲れて歩道橋の上で足をマッサージしていると、中国人観光客に道を尋ねられたことを思い出す。上海にまた行ってみたい理由は、もしかしたらあのカニのせいかもしれない。

第三話 夏が似合う街、バルセロナ。

アントニ・ガウディが愛した街 バルセロナには、世界遺産となった建造物が街のあちこちに遺っている。一つまた一つと巡って行くとスペインにやって来たのだと本当に思うのである。街の中心をカタルーニャ広場からコロンブスの塔まで貫くプラタナスの並木道 ランブラス通りを歩けば、あっけらかんとしたスペインの雰囲気を思う存分味わう事が出来る。カフェに入って温めたチョコレートに揚げたてのチュロスを罪悪感もなくディップして食べれば、塩気のきいたチュロスが甘すぎないチョコに相まって悶絶するおいしさだ。昼過ぎになって適当なバルを見つけて昼間っからビールのジョッキをかたむけている輩と一緒に、よく冷えたワインを飲んで上機嫌になるのもいい。街の南にはバルセロネータのビーチがあり、海水浴客がビキニスタイルで街の中をぞろぞろとビーチに向かう。ゴンドラに乗って高台にあるモンジュイックの丘に登ればバルセロナの街が一望出来る。ここから見てもサグラダ・ファミリアはびっくりするほど大きいことがよくわかる。夏の間は日が暮れるまで時間がたっぷりあるので、ホテルに戻ってシャワーを浴びれば、2度目のお出かけでもゆっくりと楽しむことが出来る。夏が好きならば、ぜひともバルセロナに行って欲しい。

第二話 気になる旅先の天気、タイ。

旅行中に気になるのはその日その場所の天気であるが、滞在中ホテルのカーテンを開けるとほぼ毎日、もやっとした空模様なのはタイのバンコクの特徴である。今日は曇りかな?と思っていても、大概数時間もすればすっきりと晴れあがり、あの悶絶するほど高温多湿で不快指数抜群のいつものタイに戻っている。タイは一年中日本で言うところの7月から8月頃の気候が続き、しかも平均湿度が73%と国全体がサウナの中みたいなものである。熱帯モンスーン気候に特徴的な雨季が半年ほど続くが、ちょうど訪れた4月は乾季であった。雨はそれほど降らないが一年で一番暑い時期であり、最高気温は40℃近くなる。そのためホテルや施設の中は1日中結構な冷房が効いていて、外とのギャップにびっくりするのである。写真はホテルを出てすぐの通りに屋台を出して食べ物を売る老婆がいたので撮影したものだが、見返すとその前後はほぼ真っ白だった。ホテルの内気と外気の気温差のせいでカメラのレンズが曇ってしまったのだが、最初は何のことかわからなかった。ちょうど訪れた年はプミポン国王がお亡くなりになって、国民が喪に服している最中だったのでどことなく国自体が悲しみに包まれていたが、微笑みの国と呼ばれるタイの人々は、それでもみんなやさしかったのである。

第一話 旅の始まり、香港国際空港。

香港国際空港(HKG)に降り立つといつもこの空港の便利さに気付かされる。到着ロビーを出ると目の前にタクシー乗り場があるのが、そこまではなだらかなスロープになっていて、大きなスーツケースでも少し転がすと自然と楽に転がってくれる。別の階にある出発ロビーは確かその逆だったと思う。年間6800万人(2015年)ともいわれる搭乗客数はドバイ国際空港、ロンドンヒースロー空港に続いて世界第3位であり、世界の金融、物流の中心地である香港を物語っている。以前は九龍地区にあった啓徳空港がその代わりを務めていたが、映画監督ウォン・カーウァイ(王家衛)の代表作「恋する惑星」にも登場するように、香港特有の雑居ビルをすれすれに飛ぶ大変危険でまた騒音問題を抱えた空港であった。さて写真の少女だがきっと家族か誰かが紙幣の交換をしている間の時間つぶしにスマートフォンを見ながらスーツケースに座っていたのだろうが、それでもこれから香港で大冒険をしようとしていた私にはすごく大きな挑戦に向かっていこうとする若者の背中に見えたのである。