石内都 Miyako Ishiuchi「Innocence」赤々舎、2005年。
「皮膚の上にあるキズアトは生きている証拠そのものであるけれど、女性のからだにのこる傷は重い時間のカタチとしてある。(巻末のテキストより)」「キズアトの女神」と名を与えられた様々な傷を負った女性の身体。火傷の跡、開腹手術の跡、変形した指などを淡々と写し取っている。INNOCENCEとは無罪、潔白という意味であるがここに登場する女性達は、誰もが潔く石内さんに身を委ねて重い時間を語り始めているように感じることが出来る。
東松照明 Shomei Tomatsu「太陽の鉛筆-沖縄・海と空と島と人々・そして東南アジアへ」カメラ毎日別冊・毎日新聞社、1975年。
アメリカの占領下であった1969年から1972年本土復帰頃の沖縄の島々で捉えたルポルタージュ風の写真集である。東京から那覇へ、そして宮古島、西表島、波照間島と移動しながらシャッターを切り、多くの口承を文字に起こし、歴史、風俗、風景を伝えるドキュメンタリーである。淡めのモノクロプリントが南国の色をよく写す。後半は一気にカラーとなり東南アジア世界を生き生きと映し出している。
Hermann Försterling(ヘルマン・フェルスターリング)「AKT」Umschau/Braus GmbH 、2000年。
ヘルマン・フェルスターリングは1955年、ドイツ生まれ。1973年から77年までシュトゥットガルトの美術アカデミーで学ぶ。珍しい人体写真と訳している解説がありある意味わかりやすい。いくつかの手法を用いて撮られたモノクロのヌード表現はポルノグラフィーとは大きくかけ離れた所にあるのにもかかわらず、肉体の内面的要素や精神的な欲動を絶妙なバランスで表現しているようで収まりがいい。縄で吊られ、沼に沈められ、泥に汚されてもヘルマンの撮る女性はいつも清らかで潔く美しい。