綿谷修写真集

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綿谷修 Osamu Wataya「きりぎりす」Taka Ishii Gallery(タカイシイギャラリー)、 1999年。

綿谷さんは1963年北海道紋別郡生まれ、東京在住の写真家である。写真に関するすべてのことを独学で始める。1989年よりファッションブランド・ヒステリックグラマーや先日惜しまれながらも閉館したラットホールギャラリー発行の写真集のアート・ディレクションを数多く手掛ける。これまでに「River Bed」(Hysteric Glamour、1996年)「遠軽」(Taka Ishii Gallery、1996年)「Renoir」(Hysteric Glamour、1998年)「昼顔」(蒼穹舎、2004年)「Rumor」(RAT HOLE GALLERY、2007年)「CHILDHOOD」(RAT HOLE GALLERY、2010年)など多くの写真集を出版しているが、タイトルごとにまるで別人の作品であるかと思えるほど表現の幅が広い。2006年「今日の写真表現を活性化するのに寄与ー東川賞審査委員会幹事委員 平木収氏」したとして第22回東川賞特別賞を受賞する。

本書は「1998年の夏、一人の女性と過ごした小さな部屋で撮影されたモノクロ写真集。夏の夕方、部屋に漂う空気に溶け込んだ彼女の肢体。濃密で軽い、特別な時間を切り取った静かな写真集」(版元引用)である。デザインは北川一成さん。

クリスティーナ・ポドベッド写真集

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Kristina Podobed(クリスティーナ・ポドベッド)「Kristina Podobed」Pogo Books (Berlin)#107、2016年。

クリスティーナ・ポドベッドは、1994年ウクライナ生まれの写真家で、現在もウクライナをベースに活動している。 Vice、Dazed、Vogue Russia、Purpleなどに写真を寄稿しており、東ヨーロッパにおける新進気鋭の写真家の一人である。

2011年から写真を始め、主に自身と女友達を撮影する。当初写真は自分の体に対する恥ずかしさや不快感を克服する為のものだったが、次第に様々なものに触発されていく内に、ウクライナでの生活や魅力的な女の子やモデル、路上生活者までもが彼女の撮影の対象となった。裸をめぐる社会的なタブーに対しての疑問を掲げ、女性のアイデンティティーに関すること、例えばすべての女性が道徳的で見栄えがよく適切に行動し、ほどほどに振舞うことを要求されるようなことへの限界を写真表現で解体したいと言う。

本書に登場する女性(彼女も含む)もどことなく扇情的で時に下品であり、自由奔放な身体表現は不道徳であったりするが、それゆえにストレートに見るものの神経に直接作用するほどのインパクトがある。彼女は現在のアート、ファッション、メディア(SNSを含む)での女性の身体に関する検閲に対しての不理解を戒め、東ヨーロッパの女性に対する非人間的な扱いや、世界に広まる人形的な女性像の解体を助け、美しさには個性があり、そのままでいることへの自由を自ら証明し続けている。写真を志す(撮る、撮られる)多くの人々に届けたい作家である。「I am a daredevil」(私は命知らず)。そう言うクリスティナはあえて挑発的に、そして真っすぐにまぎれもなく今日もまたどこかで戦っている。

黄俊團写真集

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黄俊團(Huang Jun Tuan フアン・ジュン・タン )「Shou」Tuan Tuan Photography Studio、2016年。

フアンは1985年台北生まれの写真家であり、多くのメディアで活躍するクリエーターである。「Tuan Tuan」とはあだ名のようなもので、その名を冠したフォトスタジオ名義からの出版となる。現在も台北を拠点に活動しており、ファッション、ポートレート、ファインアート、インディーズミュージックなどを手掛ける。現在までに2冊の写真集を出版しているが、2011年に最初の写真集「One Shot 一瞬千擊」を刊行した際は 「Angel Beat Foto」名義であった。 各々のタイトルで2度台北にて個展を開催している。

本書はフアンが過去10年の間に撮りためた写真を一冊にまとめたものであるが、副題に「Shou Photo Collection」とあり「shou」は「兽」=「野蛮な、獣のような、卑しい」と訳すのが妥当なのだろうか?はっきりしない。多くの写真は日本と台湾で撮影されており、おそらく彼を取り巻く身近な世界の友人達やアーティスティックな人々との関りをスナップやポートレイトで捉えている。どの写真も収まりがよく、そしてどことなくロマンティックに感じるのは彼のベーシックなものに起因しているのか、時代を反映しているのかはよくわからない。人生で一度だけ自分に関する本を作っていいよと言われたら、こんな写真集もいいかもしれない。そういう意味では「若かりし時代の記録」と言う意味となるのかもしれない。

Huang Jun Tuan
https://www.huangjuntuan.com/lezs

中井菜央写真集

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中井菜央 Nao Nakai「繍」赤々舎、2018年。

中井さんは滋賀県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。2008年第30回写真「ひとつぼ展」入選、第4回名取洋之助写真賞奨励賞、2010年第2回写真「1 _WALL展」入賞。現在はフリーランスの写真家として雑誌、広告、ジャケット、ライブ撮影など幅広い分野で活躍する。2019年4月京都グラフィー・KG+2019で写真展「繍」を開催(galleryMain)。近年は雪をライフワークとし、2015年からは新潟津南町の独特な雪の造形に魅せられて、作家自身「雪の中に町がある」と言う豪雪地に通いつめて撮影を続けている。現在は住まいを期間限定で東京から津南町に引っ越している。

本書は作家自身の愛して止まない祖母がアルツハイマーに冒されて、病状が進行していく状況に接し、自身がこれまで抱いてきた祖母に対するイメージや記憶、さらには祖母との関係性が崩壊していくという事実に、一時は悲観し戸惑うが、やがてそんな祖母をあえて撮影するという行為の中で見つけた新たな発見を通して、もう一度自身に今ここにある祖母という存在は何であるか?ということを問うた厳かなまでの叙事詩であり、自身を新たな境地に導き出してくれるきっかけとなった金字塔的な写真集である。「繡」とは糸で縫い取ること。バラバラになった一つ一つの写真を組み合わせながらたくさんの生命や、自然にあるものの輝きをも一つの写真集に縫い込んだのである。「繍」に送り仮名をつけると「繍しい(うつくしい)」とも読む。表紙に写るものは何かの風習なのだろうか?アートディレクションは町口景さん。以下は巻末の中井さんの文章よりの抜粋です。

「世界は過去から未来に広がり続ける時間と言う無地の布に、結び目で連なる『個の存在』という糸が縦横無尽に張り巡らされているようなものです。永遠の広さの布地と、無数の結び目と、無限の交錯する糸。私たちは、そのごく一部に意味を重ねて、それぞれのイメージでそれを捉えているにすぎません。(中略)光り輝くことでもなく、闇に沈むことでもない、ただそこに在るということ。私はそれをポートレートにしようと思いました。」

山内道雄写真集

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山内道雄 Michio Yamauchi「上海一九九三」プレイスM、1995年。「香港1995-1997」蒼穹舎、1997年。

山内さんは1950年愛知県西三河(現豊田市)生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。1982年東京写真専門学校(現東京ビジュアルアーツ)の夜間部卒業、同年自主ギャラリーCAMPに参加、写真家の森山大道氏に師事する。1987年より自主ギャラリー「プレイスM」を主宰。この頃から日本のみならずアジアの主要都市を撮影する。1997年山内道雄写真展「HONG KONG 英領香港」(銀座ニコンサロン)により第22回伊奈信夫賞、2011年「基隆」(グラフィカ編集室、2010年)にて第20回林忠彦賞、2015年「DHAKA 2」(禅フォトギャラリー、2015年)にて第35回土門拳賞を受賞する。

香港にとって1997年は大変重要な年である。香港の主権がイギリスから中国に移譲されたのが1997年7月1日、作家は返還前の1995年に一度、返還間際の1996年に一度、そして返還が実施された1997年5月から7月にかけて香港を訪れて撮影している。現在にも共通するアイコン的な場所はすべて撮影されており、当時の香港の様子をまざまざと伺い知れるとともに、月日の推移を感じずにはいられない。一方上海も急激な変化の中にいた。1992年頃から現在の上海の中心地、浦東新区(ほとうしんく)の開発が始まっており、街のカタチが変貌していく真っただ中であった。作家が訪れた1993年の上海は人々もまたその変化に否応なく流されているようで開拓地の様相を呈していただろう。ストリートスナップであるこの2つの写真集には多分にポートレイト的な表現も多い。人を撮るのなら人のすべてまでも撮ってしまおうという作家の気概が感じられる。人が写っているようで街が写っていて、その逆もまた同じである山内さんの写真はそれゆえに不思議なのである。そしてそれは東京を撮る時とはおそらくベクトルが少し違うのではないかと思える。禅フォトギャラリーで山内さんにお会いした時はとにかくうれしかったが、写真集持ってます。としか言えなかったのが残念である。